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2012年08月27日

WAVE in ふじえだ2012 レポート

WAVE会員の落合直也さん(BL出版 代表取締役社長)による、WAVE in ふじえだ2012のレポートです。

こちらをダウンロードしてご覧ください。

WAVEin ふじえだ.doc

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WAVE in たじみ2012 レポート

WAVE会員の齋藤槙さん(絵本作家)による、「WAVE in たじみ2012」のレポートです。

tajimi.jpg
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2012年07月24日

「WAVE in ふじえだ2012」開催のお知らせ

fujieda2012.pdf

内容や申込方法の詳細については、上記リンクからチラシをダウンロードしてご覧下さい。

■WAVEが2012年夏、静岡県藤枝市にやってきます!!

絵本作家の市川里美さんをお迎えして、スペシャル対談とワークショップが開かれます。
各イベント終了後は書籍をご購入いただいた方を対象にサイン会も開かれます。
皆さまお誘いあわせの上、是非ご来場下さい!

「第一日目 2012年8月4日(土) 12:30〜 受付」

13:00〜 市川里美さんとこどもの本WAVE代表・穂積保によるスペシャル対談
 絵本の誕生秘話や世界の国々を旅した貴重な経験を楽しく語ります!
 定員:90名

「第二日目 2012年8月5日(日) 10:00〜 受付」

10:30〜 ワークショップ「市川先生と人形の絵を描こう」
 市川さんと一緒に物語の世界に登場する人形たちを描こう!
 定員:30名

【参加費】無料(同時開催中の市川里美絵本原画展の入場券が必要です。大人500円、中学生以下無料)
【対象】お話を静かに聞けるお子様、大人の方

※都合により内容等が変更になることがありますので、予めご了承ください。

【会場】藤枝市郷土博物館・文学館
 静岡県藤枝市若王子500
 http://www.city.fujieda.shizuoka.jp/kyodomuse_index.html

【お申し込み方法】
参加ご希望の方は、会場へ直接、E-mail、FAX、電話などでお申込ください。
応募の際には参加者のお名前、人数、住所、電話番号、参加を希望されるイベント(複数可)をお知らせください。

【お申し込み先】
藤枝市郷土博物館・文学館 
 Tel:054-645-1100 Fax:054-644-8514
 E-mail:muse@city.fujieda.shizuoka.jp

【申込締切】 定員になり次第締め切らせていただきます。
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「WAVE in たじみ2012」開催のお知らせ

tajimi2012.pdf

内容や申込方法の詳細については、上記リンクからチラシをダウンロードしてご覧下さい。

■WAVEが2012年夏、岐阜県多治見市にやってきます!!
『わたしのワンピース』の西巻茅子さんと、『ぼくは王さま』シリーズさし絵の和歌山静子さんを
お迎えして、スペシャル対談とワークショップが開かれます。
各イベント終了後は書籍をご購入いただいた方を対象にサイン会も開かれます。皆さまお誘いあわせの上、是非ご来場下さい!


【日時】2012年7月28日(土) 12:30〜 受付

13:00〜 開会のあいさつ(こどもの本WAVE代表 穂積保)
13:10〜 西巻茅子さん、和歌山静子さんによるスペシャル対談(司会:穂積保)
 定員:80名
15:00〜 ワークショップ「西巻先生、和歌山先生とお皿に絵を描こう!」
 定員:30名

【参加費】無料。但し同時開催中の西巻茅子・和歌山静子絵本原画展の入場券が必要です。大人(中学生以上)500円、小学生以下無料。
【対象】お話を静かに聞けるお子様〜大人の方)

※都合により内容等が変更になることがありますので、予めご了承ください。

会場:こども陶器博物館
 岐阜県多治見市旭ケ丘10-6-67
 http://www.kanesho.co.jp/

【お申し込み方法】

参加ご希望の方は、会場へ直接、E-mail、FAX、電話などでお申込ください。
応募の際には参加者のお名前、人数、住所、電話番号、参加を希望されるイベント(複数可)をお知らせください。

【お申し込み先】

こども陶器博物館 
 Tel:0572-27-8038 Fax:0572-27-8039
 E-mail:kidsland@kanesho.co.jp

【申込締切】 定員になり次第締め切らせていただきます。
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2012年02月20日

「WAVE in おおむら2012」開催のお知らせ

WAVE_in_omura2012.pdf

wave_in_omura2012(back).pdf

内容や申込方法の詳細については、上記リンクからチラシをダウンロードしてご覧下さい。

■WAVEが2012年春、長崎県大村市にやってきます!!
「かいけつゾロリ」シリーズの原ゆたか先生・原京子先生と、編集者の小野明さんを
お迎えして、ワークショップと講演会が開かれます。
ワークショップ後にはサイン会も開かれます。皆さまお誘いあわせの上、是非ご来場下さい!


「第一日目 2012年3月24日(土) 9:30〜 受付」

第一部[WAVE1-A]
10:10〜12:10 ワークショップ1「かいけつゾロリを描こう!」
講師:原ゆたか、原京子夫妻(絵本作家、児童書作家)
定員:50名(対象:4才〜小学3年生)

第二部[WAVE1-B]
13:20〜13:50 「絵本の読み聞かせ」
読み手:WAVEおおむら会員
定員:50名(幼児を含むこども)

第三部[WAVE1-C]
14:00〜16:00 ワークショップ2「かいけつゾロリを描こう!」
講師:原ゆたか、原京子夫妻(絵本作家、児童書作家)
定員:50名(対象:4才〜小学3年生)

「第二日目 2012年3月25日(日) 9:30〜 受付」

第一部[WAVE2-A]
10:10〜11:40 講演「大村ゆかりの絵本作家・太田大八とその作品」
講師:小野明(編集者・装幀家)
定員:200名

第二部[WAVE2-B]
13:00〜14:30 対談「かいけつゾロリと私たちの考えるこどもの本とは」
講師:原ゆたか、原京子夫妻(絵本作家、児童書作家)
司会進行:穂積保(こどもの本WAVE代表)
定員:200名(対象:小学4年生〜大人)

※都合により内容等が変更になることがありますので、予めご了承ください。

会場:大村市コミュニティーセンター
長崎県大村市幸町25-33
http://www.city.omura.nagasaki.jp/comicen/index.htm

【イベント内容についてのお問い合わせ】
こどもの本WAVE 大村支部 (鹿取久美子方)
Tel&Fax:0957-55-4413(9:00〜18:00)


【お申し込み方法】(1枚のハガキで1日分のイベント応募が可能)

参加ご希望の方は、必ず「往復はがき」に参加者のお名前(2名まで、保護者含めず)、
住所、電話番号、ご希望の日にち(24日か25日どちらか)とイベント番号(複数可)、
サイン会希望の有無、「原ゆたかさんへのご質問」を一つ、返信はがき部分には
返信先の住所氏名をご記入の上、下記までお送りください。

〒359-1132 埼玉県所沢市松が丘2-44-2
こどもの本WAVE 「WAVE in おおむら2012」係

【申込締切】 3月8日(木)、当日消印有効
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2011年08月26日

WAVE in たじみ2011会場風景

2011年8月6日(土)7日(日)におこなわれた、WAVE in たじみ2011の会場風景です。

岐阜県多治見市 こども陶器博物館にて

出演者:角野栄子先生(児童文学者)、市川里美先生(絵本作家)、こみねゆら先生(絵本作家)、黒川みつひろ先生(絵本作家)
司会:穂積保(こどもの本WAVE代表)

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1日目の最初のイベントは、「魔女の宅急便」で世界的に知られる角野栄子先生による講演でした。ブラジルに移住されていたころの思い出や、市川里美先生との絵本作りについてお話をしていただきました。

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2つ目のイベントは、パリ在住の市川里美先生と、パリに留学されていたことがある、こみねゆら先生に、パリでの思い出や、絵本の創作などについてお話をしていただきました。
進行役は、WAVE代表穂積保が務めました。

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2日目の最初のイベントは、角野先生、市川先生、こみね先生、黒川先生が、来場者の皆さんと一緒に陶器の絵付けを楽しまれました。絵本とはまた違った創作の世界を、先生方も楽しまれていました。


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最後のイベントは、黒川みつひろ先生による、恐竜の絵を描くワークショップでした。
古生物学に造詣が深い黒川先生のワークショップを、大人もこどもも一緒になって楽しまれていました。
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WAVE in びわこ2011会場風景

2011年7月30日(土)におこなわれた、WAVE in びわこ2011の会場風景です。

2011年7月30日(土)
滋賀県立近代美術館 講堂にて
午前 「五味さんの絵本を語る」 小野明先生(フリー編集者)
午後 「絵本の時間」 五味太郎先生(絵本作家)

司会:穂積保(こどもの本WAVE代表)

滋賀県立近代美術館で、絵本作家の五味太郎先生と、五味先生と親交の深い小野明先生をお招きして、五味太郎さんの作品や絵本のことなど、縦横無尽にお話をしていただきました。

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WAVE in こおりやま2011会場風景

2011年7月24日(日)におこなわれた、WAVE in こおりやま2011のリポートです。

2011年7月24日(日)
こおりやま子ども総合支援センターにて
「優しく創った絵本たち」

出演者:市川里美先生(絵本作家)
司会:穂積保(こどもの本WAVE代表)

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福島県郡山市の「こおりやま子ども総合支援センター(ニコニコ子どもセンター)」で、市川里美先生の講演会が開かれました。開会のご挨拶を、こおりやま文学の森資料館の館長様からいただきました。


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WAVE代表の穂積保が進行役として市川里美先生に、40年前にフランスへ渡られたときのいきさつやパリでの生活、そして世界各地での取材旅行などについてお話をしていただきました。
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2011年06月30日

こころ育む絵本フォーラム in 大村 リポート


2010年11月23日に、長崎県大村市の郡(こおり)コミュニティセンターで、「こころ育む絵本フォーラム in 大村 太田大八先生をかこんで」が開催され、絵本の読み聞かせと太田先生のトークショーがおこなわれました。
太田先生のトークショーは、九州龍谷短期大学教授の二羽史裕さんが聞き手となって進められました。お話いただいた内容の、一部分をご紹介します。

太田大八
大村で久しぶりにお話ができることを、すごくうれしく思っています。
大村は私の子どもの頃の思い出が多いふるさとです。大好きな町で、大村の方々に会ってお話ができることは大変ありがたいと、感謝しております。

二羽史裕
これは今こそ必要なような気がするんですが、「ちょっかんか(直感科)」の話をしていただけませんか。

太田
大村の小学校の頃にね、先生がね、あちこちつれてくわけ。それで今日見たものを、何を感じたかを、レポートみたいに書いて出すんです。ぼくは田圃の横の小川をずっと歩いて、フナが5、6匹が泳いでいたことを、家族連れで一緒に泳いでるなと思って、その通りにレポートに書いて出した。
今でもよくその風景を思い出すんだけど、あの先生はあちこちつれてって、何もいわないで、今日何を見て、何を感じたかを、そういうことを答案として出させるんだよね。これが「ちょっかんか」っていう授業。あれはすばらしい、いい授業だなと、今は思いますね。

小学生からの質問
どんな遊びが好きですか?

二羽
今じゃなくてこどもの頃ですよ(笑)

太田
あのときは、かくれんぼとか、あとはなんだろうねえ。
昔はわらじを履いて、わらの感触がものすごくよくて、周りを走り回ったりして、楽しかったですね。
こどものうちから絵本みたいなものを見せると、感性に入りやすいこどもの頃の思い出というのは一生忘れないように心の中に入り込む。一番大事な時期に絵本を見せると、その人の人間形成の大本のいい材料になる。
絵本には絵と文というものがあって、絵は色彩と形、文は音声と感性。その二つがそれぞれ人間形成の力になる。それをこどものために作りたいということで、今も一生懸命やっています。
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2011年06月17日

(訂正)WAVE in たじみ2011のお知らせ

■こども陶器博物館(岐阜県多治見市)にて「WAVE in たじみ2011」が開催されます!

WAVEが2011年夏、たじみにやってきます!!
皆さまふるってご参加下さい!! まだ残席がありますので、当日まで募集を延長いたします。会場へ直接電話にてお申し込み下さい。

第一日目 2011年8月6日(土) 13:00〜 受付
第一部[WAVE1-A] 
 13:30〜14:30 講演「市川さんと一緒に創った絵本」
 出演:角野栄子(児童文学者)
第二部[WAVE1-B]
 15:00〜16:30 対談「優しく創った絵本たち」
 出演:市川里美(絵本作家)、穂積保(こどもの本WAVE代表)
 ゲスト:こみねゆら(絵本作家)

第二日目 2011年8月7日(日) 10:00〜 受付
第一部[WAVE2-A]
 10:15〜12:00 ワークショップ「絵本の世界を陶器に描こう!」
 講師:角野栄子、市川里美、こみねゆら、黒川みつひろ
※出来上がった陶器は焼成した後にお引取りか郵送いたします。
 焼き上がりまで数週間から一ヶ月ほどかかります。
第二部[WAVE2-B]
 13:30〜15:30 ワークショップ「恐竜の絵を描こう!」
 講師:黒川みつひろ(絵本作家)


会場:こども陶器博物館
〒507-0071 岐阜県多治見市旭ヶ丘10-6-67 美濃焼卸センター内 Tel:0572-27-8038

●定員:8月6日(土)各イベント80名、8月7日(日)各ワークショップ 30名
●参加費:無料
●参加対象:小学生以上の方(乳幼児の同伴はできません)

【お申し込み方法】

参加希望の方は会場へ直接お電話下さい。
代表者のお名前、人数(4名様まで)、住所、電話番号、ご希望の日にち(6日か7日どちらか)とイベント番号をおっしゃっていただけますよう、お願いいたします。

こども陶器博物館「WAVE in たじみ2011」係
Tel:0572-27-8038

※都合により内容等が変更になることがありますので、予めご了承ください。
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WAVE in こおりやま2011のお知らせ

■福島県郡山市こども総合支援センターにて「WAVE in こおりやま2011」が開催されます!

WAVEが2011年夏、こおりやまにやってきます!!
皆さまふるってご参加下さい!!

◎2011年7月24日(日) 13:00〜 受付(事前申込制)
 13:30〜15:00 対談「優しく創った絵本たち」
 出演:市川里美(絵本作家)、穂積保(こどもの本WAVE代表)

会場:郡山市こども総合支援センター(ニコニコこども館)
〒963-8025 福島県郡山市桑野1-2-3 Tel:024-924-2525
郡山駅よりバスで約15分、「郡山市役所」下車。※駐車場あり。100台収容。

●定員:90名
●参加費:無料
●参加対象:小学生以上の方(託児施設あり。詳細は会場へお問合せ下さい)

【お申し込み方法】

下記宛先に代表者のお名前、人数(4名様まで)、住所、電話番号を明記の上、往復ハガキでお申込下さい。
申込締切後にハガキにて当選のご連絡をいたします。

〒963-8016 福島県郡山市豊田町3-5 こおりやま文学の森資料館
「WAVE in こおりやま2011」係
申込締切:7月17日(日)必着

※申込多数の場合は抽選をおこないます。
※都合により内容等が変更になることがありますので、予めご了承ください。
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2011年05月19日

■WAVE in びわこ2011のお知らせ

■WAVE in びわこ2011

2011年7月9日(土)から9月11日(日)にかけて滋賀県立近代美術館で開催される五味太郎作品展 [絵本の時間] に合わせて、WAVEが2011年夏びわ湖にやってきます!
絵本作家の五味太郎先生と、フリー編集者の小野明さんをお招きして、五味先生の作品の魅力と絵本について、たっぷり語っていただきます!

7月30日(土)

午前の部:10時〜11時30分 ※当日受付・先着潤
【講演】「五味さんの作品を語る」 小野明(フリー編集者)

午後の部:13時30分〜15時 ※事前申込制
【講演】「絵本の時間」 五味太郎
会場:滋賀県立近代美術館 講堂

主催:こどもの本WAVE(子どもゆめ基金助成活動)
後援:滋賀県立近代美術館
参加費:無料
参加対象:小学生以上の方(乳幼児の同伴はできません)
定員:190名

午後の部参加希望の方は、往復ハガキに代表者のお名前・人数・住所・電話番号を記入のうえ、下記のお申込先へお送り下さい。
※1枚のハガキで4名様までお申し込みいただけます。
※申込多数の場合は抽選をおこないます。
申込締切:7月10日(日)必着

申込・お問い合わせ先:
滋賀県立近代美術館「WAVE in びわこ2011係」
〒520-2122 滋賀県大津市瀬田南大萱町1740-1(文化ゾーン内)
Tel. 077-543-2111
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2011年02月24日

WAVE in ながさき リポート

2010年11月21日(日)におこなわれた、WAVE in ながさきのリポートです。

2010年11月21日(日)
長崎県美術館にて
「日本の絵本・戦後60年の歩み(パート3)」

出演者:太田大八先生、和歌山静子先生、田島征彦先生、田島征三先生
司会:穂積保(こどもの本WAVE代表)

司会・穂積
それでは本題の方に入りたいと思います。まず太田先生からお話をいただきたいのですが、1979年に福音館から出版されました『だいちゃんとうみ』は、今回全点の原画が出ることになりました。大村におられたときの思い出をもとに描かれた作品だと聞いているのですが、本の誕生のエピソードなどはありますか?

太田大八
あれはね、小さい頃僕が大村にいて、川棚ってところに太田の本家があったの。そこにこうちゃんっていう息子がいて遊びにいって、一緒に釣りをした話だよね。5、6人いた人たちが今はたった一人だけ残っていて、歳月がたつのは早いものだと思います。こうちゃんと二人で大村湾で釣りをして、朝から夕方まで、みな(巻貝)をとって遊んだり、そういう一日を描いたものです。

穂積
これはたしか「こどものとも」で出たものですよね。単行本ではなくて、月刊誌で最初に出たと記憶しているんですが、本が出た当時はどんなことがありましたか?

太田
92にもなったんで、なかなか思い出せないね(笑)。

穂積
思い出したらお願いします(笑)。今日は和歌山さんにおいでいただいておりますが、戦後60年のあゆみということで、ご覧のように沢山本を持ってきていただいてます。和歌山さんにお話をお願いすると90分全部使ってしまうかも知れないんですが(笑)、征彦さんと征三さんは午後にもお話をしていただきますし、今日持ってこられた本には一冊一冊ちゃんと理由があると思いますので、ぜひお話をお願いしたいと思います。

和歌山静子
ここへくるまでどういうお話の流れになるかわからなかったんですが、とりあえず、太田さんとの関わりはもう45年くらいになります。ここに持ってきた本の半分以上は韓国や中国の本もあるんですが、それは一番最後に太田さんとの関わりの中でお話したいと思います。

今『だいちゃんとうみ』のお話がありましたけれど、私もあの本は大好きで、あそこで何が素晴らしいかっていうと、水の中にうつった足が、決して写実的ではないんですね。太田さんは図案科のご出身ですが、デザイナーらしい感覚で描かれていて、もう1ページ、水の中にもぐっていく女の子のページがあるんですが、よく描けているな、私にはとても描けないっていう感じで、大好きな本なんですね。朝から夕方までの漁村の家族の風景がよく描かれていて。

それから『やまなしもぎ』の模写が会場にありますけど、逗子でワークショップをしたときに私も模写をしたんですね。模写してみたら、太田さんって何て絵のうまい人なんだろうって。鳩がいるんですけど、目が描かれていないんですね。目を入れちゃいけないんです。目を入れると鳩の全体の雰囲気がくずれちゃう。太田さんの絵には、描いてはいけないものがきちんと省略されているんだなって。5時間くらい話してしまいそうなので、この辺でやめますね(笑)。

穂積
日本の作家の皆さんの絵本もお持ちになっていると聞いたんですが。

和歌山
今日は田島さんもいらしてますけど、『ふるやのもり』は1965年、私と田島さんご兄弟は同い年だから25歳の時ですよね。私は武蔵野美術学校で、彼は多摩美術大学です。当時から「多摩美に田島征三あり」って名前がとどろいていて、芸術祭を見に行きました。当時から汚い絵で何だろうこれって(笑)。ベニヤとか段ボールの上にわーっと描かれていて、強烈な印象を受けました。私はまだ寺村さんとも出会っていなくて絵本の世界に入るとは思っていなかったんだけど、あの田島さんのデビュー作ということで、この本は当時から持っていました。

それから長新太さん。太田さんとはとても仲がよくて。太田さんはすごい人で、若い人が個展を開くと必ず行くんですよ。そうすると長さんも誘って見に来てくれる。私は寺村さんのお陰でこの世界に入りましたけど、太田さんと長さんが個展に来てくれるっていうのは、とってもうれしいことだったんです。太田さんの優しさがすごくわかるんですね。

寺村さんの『おしゃべりなたまごやき』は、長さんが最初に絵を描かれて、次が和田誠さんで有名な方が次々に描かれていて、私が描いていいのかしらと思いながら描きましたけれど、長さんの王さまは本来の王さまらしくて大好きな本なんです。太田さんの優しさは色んな本に、『かさ』なんかによくあらわれているんじゃないかな、と思います。長くなるのでこの辺にします(笑)。

穂積
『かさ』は今回の展覧会にも出ています。静かな中で親子の会話が、文字はないけれど伝わってくる名作です。僕は今、『ふるやのもり』当時の、皆さんが25歳だったときを想像しながら聞いていました(笑)。当時僕は高校生くらいでした。大学に入ってスズキコージさんと出会うまでは絵本を知らなかった。たまたま福音館に就職して絵本と関わりができました。田島さんに、是非当時の絵本についてお願いします。

田島征三
『ふるやのもり』が出たのは1965年9月号なんですね。だから僕は24歳です(笑)。描いていたのは1964年。この本が出たことで長さんと赤羽末吉さんからお手紙をいただきまして、是非お会いしたいっていうのでお邪魔しました。そしたら瀬川康男さんが乱入してきて、この泥絵具の溶き方は間違っているって(笑)。

この本のおかげで大先輩と知り合うことができて、その直後に大八さんと会ったんですね。そのときは映画で勝手に僕の絵をパンフレットに使われたことがあった。著作権のことが全然わからなくて、太田大八さんに聞けばいいって言われてお会いしたんですね。そしたら酒のことなんか一言もしゃべってないのに、まずは飲みに行こうって新宿の二丁目に直行して(笑)、長新太さんもいらっしゃって。そのときの感じがはじめて体験する感じで、僕は酒を飲むとおかしな話をしたり、征彦もそうですけど。

田島征彦
お前だけやろ(笑)。

征三
ところが長さんと太田さんが飲んでいる姿は上品で静かで大人の雰囲気なんですね。ああいう風にならなきゃと思って真似したんだけどうまく行かなかった(笑)。その後、その席上で伊豆の話が出るんですね。下田のスナックのおばあちゃんは元気かな、とかって。話は静かなんだけど内容はラディカルなんですよね。あのおばあちゃん、カウンターを飛び越えてきたよね、とか。あと、三木のり子さんと渥美清子さんは元気かなって、その後実際に行ったら三木のり平と渥美清にそっくりなママがいて。そんな話を上品に話している(笑)。

僕はその頃『ちからたろう』を出して、沢山仕事が来るようになったけど、民話の絵本を作る仕事があって。最初は分からないから喜んでやりますって言ったんだけどつまらなくて、ほっといたら催促がきて。一年くらいたって、どうしよう、そうだ、文士が伊豆の温泉で小説を書いたみたいにすれば描けるかなって。原稿料は安いんだけど大赤字覚悟で伊豆へ行こうって思って。太田さんにいい宿がないか、電話で相談したんですね。

そしたら一時間後くらいに僕の家に大八さんがあらわれて(笑)。車に乗り込んだら長さんの家の前について。長さんの奥さんが「あなたたち、仕事が済んで伊豆に行くか、伊豆で遊んでから仕事するかどっちかにしなさい」って言われて。途中から東君平くんが加わって、楽しい旅でした。そのとき太田大八さんの性質というか、素性というかが分かったんだけど、上品な会話だけではなくて、いい加減だっていうこと(笑)。

僕らの本は『激しく創った!!』ってタイトルだけど太田さんは『楽しく創った!!』。本当に遊んでいるのか描いているのか、鼻歌歌いながら描いているんですね。「釣りに行こうか」とか言いながら。でも一番先に仕事は仕上がっているんですね。
その頃、和歌山静子さんを長さんに紹介したりしました。こういう話は前置きで、ちゃんとした話をしようと思ったんだけど、どうしようかな(笑)。

穂積
「いいかげんな大八さん」ということで、このエピソードは紙とエンピツにも書いてあります。でも原稿の締め切りはきちんと守る。魚釣りが大好きで、征彦さんと一緒にヨーロッパでも魚釣りに行ったり。でもあんまり釣れてるのを見たことがないですね。それも太田さんの優しさでしょうか(笑)。えさをつけていないのかも知れません。田島さんご兄弟と先生の付き合いはとても深くて長いのですが、征彦さんからも、太田先生との出会いや作品についてエピソードをお願いします。

征彦
20年先輩の太田さんにどれくらい近づけるかな、横に座ってたらオーラをもらえるかなって思って今座ってます。僕は35くらいで絵本を描き初めて、せいちゃんよりも10年以上遅いんですね。絵本の世界に入って初めてお会いしたのが太田さんなんです。

その頃、せいちゃんと二人でヨーロッパ漫遊旅行に行ったんですね。ボローニャっていう町でブックフェアをやっていて、太田さんともお会いして、3人で旅行に行った。僕は絵本作家として、もちろん太田さんを知っていたんだけど、その方と旅行するので絵本の話をするのかなと思ったら、釣りの話しかしないんですね。ちょっと水溜りがあったら、横に座って糸をたらしている。困ったおじさんだなあ、水溜りのないとこ歩かんといかんなって(笑)。まあそんな付き合いです。どうぞ(笑)。

和歌山
今日も太田さん、何気ない上着着てらっしゃいますよね。でもよく見るとポケットが右側に二つついていて、すごいおしゃれなんです。私の周辺の女性画家の憧れの的でした。絵本の世界で一番ダンディー。すごい優しくて、それからとてもいたずらっこなんですよね。

太田さんは伊豆の紅屋って旅館の常連で、そこで一冊ずつ仕上げるんだけど、あるとき私も一緒に行って、他に多田ヒロシさんとかがいて、私一人が女性だったので4畳半の部屋に泊まったんだけど掛け軸が幽霊みたいで、怖かったんだけど太田さんに言ったら「そう?」って。そのうちトイレに行こうとしたら廊下に白いおばけがでて、何かと思ったらシーツをかぶった太田さんで。太田さん何時間そこで待ってたの?って(笑)。太田さんが60年の間子どもの本の仕事をされてきたのは、そういう子どもの気持ちがあるからなのかなって。

私も今年で70歳になるんですけど、1984年に太田さんと杉浦範茂さん、松井直さん、織茂恭子さん、いわむらかずおさんと韓国に行ったんですね。その頃の韓国はまだまだ絵本に目覚めていなくて、いわむらさんの海賊版が出ていて、しかも誰かが模写した海賊版で下手なんですよね。いわむらさんの絵はすごく上手な人じゃないと真似できないのに。今思うと買っておけばよかったなって思うんだけど。その頃、カン・ウーヒョンさんっていう絵本作家と太田さんは仲がよくて。講談社の賞を取られたんですよね。

穂積
『さばくのきょうりゅう』ですね。

和歌山
彼の案内で韓国を回って。それから15年くらいして日本で穂積さんが韓国の絵本の展覧会をされたら、びっくりするくらい素晴らしい絵本が並んでいました。韓国もすごい力をつけてきたなって。

1989年に日中児童文学美術交流センターっていうのができたんですけど、最初は名前に「美術」が入っていなくて、太田さんが是非美術を入れてほしいってことで入れてもらった。天安門の事件があった年で色々大変だったんだけど、太田さんに言われて理事になった。中国のことは何も分からなかったんだけど、1992年に上海と北京で日本の作家50人の展覧会があって行きました。そのときにすごくはまってしまって、穂積さんの協力で中国と韓国の本を集めるようになったんですね。

最近の中国と韓国の本は素晴らしくて、日本はいずれ追い抜かれると思っています。ここにある本を、会場の皆さんに回してご覧いただこうと思いますので、順番に回してください。
私の「アジア絵本ライブラリー」のきっかけを作ってくださったのは太田さん。田島さんたちのお仕事の発端にも太田さんがいて、午後にいいお話が聞けると思います。

征三
大八さんの展覧会に出ている『詩人の墓』、谷川俊太郎さんの詩に大八さんが、88歳か9歳の時に絵を描かれている。すずらん通りで展覧会を開いていたんだけど、絵を見てびっくりした。才能の一つに長生きっていうのがありますね。80代後半にあんな絵が描ける。半端な抽象じゃなく、オリジナリティのある、太田さんらしい緊張感のある抽象画。是非図録をご覧になってください。

常に新しいことをするにはどうすればいいかっていうのは大事なことなんです。大八さんと親しく仕事をさせていただいて、いつも側で見ているので、僕もそうなりたいと研究した結果、まず朝ごはんの後に歩いて喫茶店へ行ってコーヒーを飲む。必ず行かれるんですよ。それがいいのかなって。それで僕もしばらく駅の喫茶店まで30分歩いて通ってみた。しばらくしてからお会いして「あれやってますか?」って聞いたら「とっくにやめたよ」って(笑)。

それから太田さんに「お元気ですか」って聞くと必ず「もうすぐ死ぬよ」って言われる(笑)。こういう言い方をしていると長生きするんだなって。もう30年くらい前から言われている。僕も真似して人から「お元気ですか」って言われたときに「もうじき死にます」って言ったら「あ、そうなんですか」って言われたけど(笑)。
来月で92歳になられるんだけど、新しい分野に挑戦するのは、絶対に大事なこと。完成してまとめに入ってしまう人が多いんだけど、それをしない大八さんはすごい。

穂積
今のお話を聞いていると、征三さんはやはり科学絵本よりも創作絵本に向いている人なんだなって思いました(笑)。会場の皆さん、今の話は科学的な根拠のない話なので真似しないで下さいね(笑)。

和歌山
太田さんの抽象画は、一年に一回くらいの割合で展覧会を開かれているんだけど、注文された絵本の仕事じゃなくて、自分の世界を描かれている。太田さんが素晴らしい『詩人の墓』の絵を描かれたのも、当然だと思った。日頃から時間があれば絵を描いていて、絵を描くのが本当に好きな方なんですね。

穂積
会場ではアンデルセンの生誕200年の時に描かれたタブローも展示されていますし、図録には他の作品も載せられているので、是非ご覧下さい。今回この展覧会では、他の会場では出ていなかった作品があります。『ながさきくんち』は長崎にゆかりのある作品ということで、出させていただいているんですけど、とても楽しい絵本です。
昨日も展覧会のオープニングで子どもたちの龍(じゃ)踊りがあって、初めて見たんですけど、長崎の伝統的な祭を描いた本です。日本には沢山伝統的な祭があって、田島征彦さんも『祇園祭』を描かれています。是非、征彦さんからこの作品についてもお話をいただきたいと思います。

征彦
あの本を描くときは取材が大変だったんですけど、太田さんもそうだったろうと思います。僕のデビュー作なんですけど、最近復刊しまして、それがきっかけでもう一回祇園祭を見ようと思って。祇園祭っていうのは千年くらいやっている、世界で一番長く続いている大きな祭だから、30年前と変わってないかなと思ったら、ちょっとずつ変わってきてるんですね。応仁の乱で焼けた山鉾がちょっとずつ再建されていて、今は完全に再建された。あと「宵山」って言って夜中に暴れ観音が暴れまわる祭があるんですね。夜中ですから、昔は見ている人も2、3人くらいだった。2年前に行ったら夜中でも人がぎっしり詰まっていて、暴れられない。しょうがないから紐で囲って紐の中で暴れている。そんな風に祭って変わってきてるんだなって思いました。

穂積
同じくこの会場だけで出ている作品がありまして、『ガリヴァーがやってきた小さな小さな島』。福音館の「たくさんのふしぎ」で出ている作品ですが、月刊誌なのでもう出回っていないんです。文章を描かれている明坂英二さんは長崎の方で、展覧会を楽しみにされていたんですが、残念ながら先月お亡くなりになられました。冥福をお祈りいたします。

太田
ガリヴァーって人は船の船員だったんですね。その人が長崎に来たっていうのは面白いなって思った。長崎の出島って所は面白い場所だったんですね。象が来たりラクダが来たり、外国から入ってくる文化は全部長崎から始まっていたんだよね。料理も食べ物も。出島っていうところは外国文化の窓口として、すごいところだったんだと思います。

穂積
世界的に港町っていうのは異国情緒があって、外国のものが沢山入ってきているんですが、長崎はとりわけ、日本以外の文化がミックスされて現存していますよね。卓袱(しっぽく)料理のように。他の日本にはない文化がある。
今回長崎に来たら飛行機が満席で、沢山の観光客が訪れていて、どこに行っても「竜馬伝」ののぼりが立っているんですが、ここに高知の方が二人います(笑)。
高知と竜馬について、田島さん、一言お願いします。

征三
僕は伊豆にいるときは必ず竜馬伝を見てるんだけど、岩崎弥太郎が薩摩の密偵をしようとして捕まっているのを、竜馬が救い出すんだよね。で、岩崎に「おまん、金儲けもいいけど、これからの日本の行く先を見んといかんぜよ」っていうところが感動的で、僕も何かしないといけないなって思ったりして(笑)。いい番組ですよね(笑)。

大八さんは不真面目な人だけど、すごく真面目なところもあるんです。著作権を守るために組織を作ったり、イラストレーター会議を開いたり、絵本学会も大八さんが立ち上げた。そういう風に急に真面目になるので呆気に取られるときがあります(笑)。でも、大八さんの熱心さで全て実現しているんですよね。絵本学会っていう学会が立ち上がったことで、沢山の人が感謝していると思います。

和歌山
あと、大八さんは童画って言葉を使わないっていうこだわりをお持ちなんですよね。かわいいかわいい絵ではなく、描きたいものを描けば、大人でも子どもでも受け入れてくれる。だから童画という言葉ではなく、イラストレーションという言葉を使ってほしいって、イラストレーター会議を立ち上げられた。一緒に会を立ち上げられた堀内誠一さんとはいつも一緒でしたし、ヨーロッパを一緒に回られたりしていました。

太田
45年くらい前は、絵描きの地位はなかったんだよね。例えば、ある画家の絵本が受賞したときに、授賞式で出版社と作家が椅子に座って、画家は立たされていて、僕はそのことに猛烈に抗議したことがあった。昔は本が出ても、さし絵画家の名前は表紙に書かれなかった。そういう時代だった。昔は編集者が下書きを描いて、絵描きに「こういう風に描きなさい。子どもはかわいく」とか指示を出してたんですよね。それなら編集者が自分で描けばいいよね(笑)。それくらい45年くらい前は絵描きの地位はなかったんだけど、色んな運動をして、絵本画家が市民権を得るようになった。

穂積
そういう時代を経て日本は変わってきたんですよね。太田さんは絵本作家の地位確立を牽引してくださった。その結果日本の絵本は質が高くなって、外国でもどんどん出版されるようになりました。はじめは韓国や台湾で、日本の本が沢山出版されて、それから10年もしないうちにその国から素晴らしい作家が沢山あらわれてきた。和歌山さんがおっしゃったように2000年に韓国の絵本展をさせていただいたんですけど、今度は日本の作家の皆さんが衝撃を受けられた。韓国では先ほどのカンさんや、やはり太田さんと親しいリュウ・チェスウさんが絵本の世界を引っ張ってこられた。

和歌山さんが日本の絵本は負けてしまうかも知れないとおっしゃっていたけど、勝つとか負けるとかではなくても、絵本が変わってきていることは確かです。新しい作家の方も沢山育って来ていて、今後どんな活躍をされるか興味があります。一方で出版界は、電子書籍の時代に直面している。出版社や編集者は要らなくなるんじゃないか、という危機感がある。
個人的には、絵本は絵本で、電子書籍というメディアに負けないような物を作る、売れればいいというのではなく、良いものを作ろうという意識で、これからも良い作品が沢山出てきてほしいと考えています。

征三
太田さんと1960年代からの絵本について、もうちょっとまとめたいなと僕自身も思ってて、そういうことをやるのが絵本学会の役目なのかなって。今回の絵本学会の会誌の特集は赤羽末吉さんの生誕100周年。赤羽さんは大八さんよりさらに10歳上なんですが、赤羽さんは途中から50歳くらいの時に絵本の世界に入ってこられた。そこが赤羽さんと大八さんの違いなんです。大八さんは若い頃から、童画の時代からずっと歩まれてきたんですね。童画家の人たちと付き合いながら、なおかつ新しいことをされて、自分を確立された太田さんは、もっと注目されていいアーティストだと思っています。

和歌山
太田さんが引っ張ってこられたアジアの絵本についてなんですけど、今アジアの中での日本の立場は、とても弱く見えます。太平洋戦争から65年たってそういう状況が続く中で、太田さんの気持ちは「みんな争わずに、友だちになろうよ」というのが、強くあると思うんですね。私もその気持ちを私なりに酌んで、中国にも韓国にも絵描きの友だちが沢山できて。私たちは60年安保がはたちのときでした。それからベトナム戦争があって。田島さんはベトナム戦争の反対運動をされていて、それからごみ問題。いつも戦っている人です。でもその大本には太田さんがいて、太田さんの戦いがあった。

今韓国の絵本がよいのは、作家の皆さんは60年生まれが多いんですけど、80年代に民主化運動で戦ってきた人たちなんですね。私たちはみんな戦ってきた。征彦さんもいつも戦っている人ですよね。絵描きっていうのは反体制側で戦わないといけないものだと思っています。太田さんが20年も前に、先を歩いて下さっているので、私はこのあと一年に一冊ずつ描いても、20冊はよい絵本が描けるなと思う。年を取るのが楽しみなんです。
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2010年12月02日

「WAVE in ながさき」会場風景

2010年11月20日(土)と21日(日)に長崎県美術館で開かれた、WAVE in ながさき の様子をご紹介します。近日中に、内容もご紹介いたします。

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小野明さん

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吉川和孝さん(佐川美術館学芸員)

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左から、田島征三先生、和歌山静子先生、田島征彦先生、太田大八先生、穂積保(こどもの本WAVE代表)

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田島征彦先生

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田島征三先生
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2010年11月02日

WAVE in ながさき お申込みについて

WAVE_nagasaki.pdf

WAVE in ながさきのチラシをアップいたします。申込み方法やイベントの詳細は、こちらでご確認ください。


【お申し込み方法】【先着順】

下記宛先に、希望の企画名(例:WAVE1-A)、氏名、年齢、住所、電話番号、FAX番号を明記の上、FAX、ハガキ、E-mailのいずれかの方法でお申込下さい。
数日中に受付確認のご連絡をハガキにていたします。
複数のイベントへのご参加も歓迎です!!

FAX 095-833-2115
E-mail workshop-01@nagasaki-museum.jp
ハガキ 〒850-0862 長崎県長崎市出島町2番1号
    長崎県美術館「WAVE in ながさき」係

※参加者全員の氏名、年齢、住所、電話・FAX番号をお知らせください。
※定員になり次第、応募を締め切らせていただきます。
※都合により内容等が変更になることがありますので、予めご了承ください。

◎第一日目 11月20日(土) 13:00〜 受付
 イベント番号【WAVE 1-A】
 第一部 13:30〜14:30 講演「15人の絵本作家とその作品」
 講師: 小野明(フリー編集者)
 イベント番号【WAVE 1-B】
 第二部 14:40〜16:10 講演「太田大八・60年の画業」
 出演: 吉川和孝(佐川美術館学芸員)

◎第二日目 11月21日(日) 10:00〜 受付
 イベント番号【WAVE 2-A】
 第一部 10:30〜11:30 シンポジウム「日本の絵本 戦後60年の歩みPart3」
 出演: 太田大八、田島征三、和歌山静子、田島征彦
 イベント番号【WAVE 2-B】
 第二部 13:30〜15:00 講演「絵本と落語」
 出演: 田島征彦(染色家・絵本作家)
 イベント番号【WAVE 2-C】
 第三部 15:10〜16:40 「僕の絵本」
 出演: 田島征三(絵本作家)
(第二日目終了後、出演作家によるサイン会を予定)

●参加費:無料
●参加対象:中学生以上の方(小学生以下は保護者同伴でご参加ください)
●定員:各回100名

みなさまのご来場をお待ちしております。
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2010年10月05日

WAVE in ながさきのお知らせ

■長崎県美術館にて「WAVE in ながさき」が開催されます!
http://www.medialynx.co.jp/mediahp/new/index.htm#101121

WAVEが2010年秋、長崎にやってきます!!

日時:2010年11月20日(土)〜21日(日)の2日間
会場:長崎県美術館 2Fホール

「WAVE in ながさき」では、絵本作家や絵本の仕事に携わる方々を講師に招き、
講演やシンポジウムを開催します。皆さまのご参加をお待ちしております。

◎第一日目 11月20日(土) 13:00〜 受付
 第一部 13:30〜14:30 講演「15人の絵本作家とその作品」
 講師: 小野明(フリー編集者)
 第二部 14:40〜16:10 講演「太田大八・60年の画業」
 出演: 吉川和孝(佐川美術館学芸員)

◎第二日目 11月21日(日) 10:00〜 受付
 第一部 10:30〜11:30 シンポジウム「日本の絵本 戦後60年の歩みPart3」
 出演: 太田大八、田島征三、和歌山静子、田島征彦
 第二部 13:30〜15:00 講演「絵本と落語」
 出演: 田島征彦(染色家・絵本作家)
 第三部 15:10〜16:40 「僕の絵本」
 出演: 田島征三(絵本作家)


※参加者の募集は11月1日からを予定しております。応募方法については、追って記載いたします。
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2010年09月29日

WAVE in よこて リポート

2010年6月6日(日)におこなわれた、WAVE in よこてのリポートです。

2009年6月6日(日)
秋田県立近代美術館にて
「日本の絵本・戦後60年の歩み(パート2)」

出演者:西巻茅子先生、田島征彦先生、田島征三先生
司会:穂積保(こどもの本WAVE代表)

司会・穂積
タイトルはちょっと勇ましいんですが、日本の戦後60年の絵本の歩みということで、実は昨年11月にこのテーマで、島根県浜田市の世界こども美術館で、今日の先生方と太田さんで70年代くらいまでの話をしていただいたんですが、今日はそれ以降に焦点を当てて、皆さんに聞かせていただければと思います。私は1972年に福音館書店というところに入りまして、日本の子どもの絵本の歴史の何分の一かは一緒に過ごしてきましたので、今日は聞き手として司会進行をさせていただきます。

それではさっそく始めたいと思うのですが、太田大八さんという方は1918年生まれの方で、日本の戦後の絵本の生き字引のような方なんですね。太田さんが生きてきた時代というのが、そのまま絵本の歴史で、その太田さんと一緒に絵本をリードしてきた先生方から、お話をうかがいたいと思います。まずは西巻さんにお話をうかがいたいと思います。『ボタンのくに』『わたしのワンピース』と立て続けにヒットを出されまして、あれは60年代の終わりだったと思うのですが、70年代から80年代にかけて、高度経済成長期とご自身の作品との関係も含めて、お話いただければと思います。

西巻茅子
私は今ご紹介いただいたように、69年に『わたしのワンピース』を描きまして、それが三冊目だったんですが、それから絵本を生涯の仕事と思えるようになりました。70年代に入ると、絵本の専門的な出版社に続いて、それまで童話の本を出していた色々な出版社が絵本を出すようになりました。私はそれより前から出していたものですから、毎週注文の電話がかかってくる。作り手の側での絵本ブームの時代でした。私は子どもを育てていたので、年に3冊程度しか受けませんでしたが、日本の出版社が絵本を本格的に出すようになった時代で、全国でも家庭文庫ができました。

子どもに本を読んで心豊かに育ってほしいと願うお母さんが全国にいて、80年代には読者の側での絵本ブームが起きたと考えています。Pee Booが出たのは88年でしたっけ?その前に月刊絵本という、絵本について語る雑誌が出たのも80年代でしたね。その時代には私は実はあまり活躍していないんです。子育てもありましたし、私は私なりのペースで絵本を作っていました。

穂積
田島征彦さんが絵本を作られたのは、征三さんよりも早かったんですよね?

田島征彦
あれは自分で勝手に作ったんです。僕が大学に入って、恩師の稲垣先生、80歳近くなって人間国宝になって亡くなられた、人間的にもとても尊敬している先生が、武井武雄さんたちと、豆本を作る会をされていた。染色の授業なのに絵本を作ろうという授業をやっていて、それが初めて絵本に興味を持つはじめになった。簡単な版画の手法で20冊くらい作って、それが非常に面白くて、シルクスクリーンで200冊作ったらお金がかかったので、東京へ行って、せいちゃんにこの本売ってくれんかって。せいちゃんが「これはええ、クラスのやつに売ってやるき」って言ったんだけど、全然売れなくて。僕はせいちゃんに絵本の種をまいたけど、自分ではそれから20年くらい絵本はよう出さなかった。その間にせいちゃんが卒業制作で『しばてん』を作って、『ちからたろう』でヒットした。

僕の本格的なデビューは1976年に『祇園祭』で賞を取ってからで、その頃太田さんとの出会いがあったんです。僕はせいちゃんと一緒に旅行に出ていて、イタリアのボローニャで太田さんに会った。その頃は『祇園祭』はまだ童心社で製版中で、本が出て無かった。太田さんとせいちゃんの二人の人気絵本作家を見ていたら、お金をどんどん使うので、冷や冷やしながら旅行していた。お金がどんどん無くなっていく恐怖しか覚えてません。穂積さんとも出会ったらしいんだけど、覚えてないんだよね(笑)。

穂積
ブラチスラバでお会いしました。賞を取って来られたんでしたよね。

征彦
当時、京都市から型絵染で賞金を貰ったんです。当時は賞金稼ぎで生活しとった(笑)。でも、その賞金で海外へ研修旅行をしないといけなかった。子どもが当時二人、奥さんもいて赤貧洗うがごとしで、できるだけお金を使わず持ち帰りたかったのに、二人がどんどん使う。

田島征三
70年代から90年代にかけて、西巻さんがちゃんとした話をしてくれたのに、ゆきちゃんが訳のわからん話を(笑)。前回のテープ起こしを読み返してみると、西巻さんと僕を中心に、お付き合いのあった人の話が多かったよね。赤羽末吉さんの話をするのを忘れていた。パーソナルなものではあるんだけど、例えば山中春雄さんが描かれた世界観に影響されて、長新太さんが絵本を描き始めた。1963年の長さんの『イソップのおはなし』を見て僕は1964年に『ふるやのもり』を描き、それを見た西巻さんが『ボタンのくに』を1968年に描かれた。こういう風につながっているんだよね。

西巻
絵本が日本の中で一つのジャンルとして育っていくときに、みんなバラバラに表現しようとしながら、他の人からエネルギーをもらって影響を与えあっている。私はそれまで、世の中に出回っている子どもの本に魅力を感じていなかったけれど、新しく出てきた長さんや征三さんの絵に魅力を感じたし、佐野洋子さんやいわむらかずおさんは、私に影響されて絵本作家になった。そういう人たちが、作家も出版社も出そろったのが70年代で、出版社の側でも商売として成り立つぞっていう機運があった。

そして80年代の絵本ブームがあるんですが、あれは恐ろしいものだったと思っています。私は年に三冊しか描かなかったのに、年に十冊以上、出版社に言われるままに描く人もいた。私には子どもを育てるという大義名分があって断れたんだけど、若い作家は断れなかったんですね。征三さんは一冊一冊、すごい話題作を出していましたね。絵についてすごく根源的に考えておられた。80年代は変な時代でした。そこには色々な問題があって、でも子どもたちにちゃんと届いて根付いた加古さんや山脇さんの絵本があった。私は自分の本がなんとか子どもに届いて定着してほしいと思っていた。『えのすきなねこさん』を描いたことで、絵を描くことについて深く考えたし、出した冊数は少なかったけど、中身としては生産的だったと思う。

穂積
征三さんは80年代の思い出はいかがですか。

征三
僕は75年までは十年ずっと突っ走ってきた。僕としては「成功した絵本作家」と言われることが嫌になった。それまでの画風を投げ捨てて、五年かかって『ほらいしころがおっこちたよ ね、わすれようよ』を描いた。西巻さんは評価してくれたけどほとんど世間では評価されなかった。その間に征彦がヒット作の『じごくのそうべえ』を出したから、読者からよく間違いの手紙が届いた。征三さん、たじまゆきひこにペンネームを変えたんですか?って(笑)。それでも僕は僕で『くさむら』『はたけうた』など、抽象的な絵本を描いて意気揚々としていた。

そのころ、太田さんはストレスで胃潰瘍になって血を吐かれていた。太田さんが釣りに行くのはストレス解消のためなんだよね。そのときは沼津で海釣りをしていて、伊豆で「やっぱた」って呼ばれている真っ黒な地獄の使者みたいな、食べるとおいしいんだけど気味の悪い魚を釣って、「ああ、やっぱり俺は駄目だな」って落ち込んでしまわれたそうです。それで、家族の方と高速道路で帰ってくる途中で玉突き事故を見てしまう。そこで吐血されて入院して、初期のガンだったんですね。僕はそのことを知らなかった。大八さんが苦しんでおられることを知らず、楽しく絵本を描いていた。こんなに身近な人だと思って、尊敬していたのに。入院されたことを知って唖然としました。

穂積
『紙とエンピツ』という太田さんの自伝、昨年七月に出版されたものですが、今日午後にBL出版の編集長の落合さんからもお話があります。この本にも初めて知るようなことがたくさん載っています。私も太田さんが当時、そんなに苦しんでおられたことを知りませんでした。

征三
苦しみを言わない人でしたね。僕は当時日の出村のごみ処分場反対運動で大騒ぎしていたけど、大八さんは常に紳士的だった。

穂積
太田さんの美学だと思います。大正生まれのダンディズム。

西巻
太田さんの話ですが、絵本作家の著作権というものをしっかり主張していこうということで、太田さんが「児童出版美術家連盟」を45年前に作られた。著者は印税をもらえたけど、絵描きからは買取で印税がもらえない時代が長く続いた。児童書出版の歴史の中で絵描きは十分なお金を貰えず、太田さんはそんな中で仕事をしてこられた。私は絵本を描き始めてからその団体に入れてもらい、そこで30年くらい理事をやっていた。太田さんはいつも理事会に出て、そのあとはお酒を飲みにいった。「太田大八 七軒参り」って言うんだけど、新宿ではしご酒をされながら、いつも若い人たちを連れて飲んでおられて。私たち女性会員は、太田さんをジーパンが似合う男性の賞に推薦したいと思っていた。かわいいお尻でピッピッピっと(笑)。さすがに90歳を過ぎてあの歩き方はされなくなった。「絵本学会」とか、組織を作るのが好きなんですよね。絵描きがどうやって世界と結びつくかってことを、いつも考えておられた。

私は絵描きの家に生まれて、画家の反社会性、非社会性に疑問を持っていた。それだとお金が入らないですよね。何とか絵を世界に届けて行かないと、生涯貧乏だと思っていた。それで社会と結びつく絵本というジャンルを選んだんだと思う。絵本を描けば、一万人、二万人の人に見てもらえるかもしれない。私はその思いで仕事をしてきて、うまく社会に参加することができたと思う。日本の絵本は、太田さんをはじめとした人たちが、美術を読者に届けることに熱心だったことによって、作られてきたんだと思います。

穂積
日本の絵本の水準の高さというのは、そのような意識から生まれたのかも知れませんね。日本の絵本は世界中で翻訳されていますが、60年代、70年代まではそんなことはなかった。今、中国や韓国へ行ったら日本の絵本がたくさん出版されています。

さて、ここで話題を変えたいと思います。先ほど田島征彦さんが『じごくのそうべえ』、大ベストセラーを出された。もちろん『祇園祭』『てんにのぼったなまず』など、素晴らしい絵本を描かれていますが、この本はシリーズで四冊目まで出ています。その時代に、型絵染作家でおられた征彦さんが作品を出されたことについてお話ください。

征彦
僕は「版画家」でもあるんです。「日本版画家協会」の会友には西巻さんもいたんですよ。僕はそれまでせいちゃんの絵本しか知らなかった。西巻さんについては、絵本も描く版画家として知っていたんですね。当時、朝日新聞の日曜版で切り絵の滝平二郎さんの後任で作品を作りませんか?って電話がかかってきた。そのときに担当の記者が最初、せいちゃんのところに電話してものすごく叱られたらしくて。『じごくのそうべえ』を描かれた田島先生ですよね?って言ったら電話バチンと切られたらしくて(笑)。

征三
それは否定しておかないといかんな。僕がその人に丁寧にゆきちゃんの電話番号を教えた。仕事を紹介してあげたの(笑)。そうでなきゃゆきちゃんに電話はかかってこない。

征彦
そんな風に、ずっと二人は間違えられていたんです。僕は当時京都の山奥で、2000年からは淡路島にいて、日本の絵本の歴史とは違うところに全然いるんだなあ、と思いながら、別に寂しくはないんだけど(笑)。もうちょっと二人の話を聞かせてもらおうと思います。

穂積
では征三さんから80年代の話ということで、ご自身の作品についてぜひ聞かせてください。

征三
『はたけのともだち』とか、ゆきちゃんからは畑をちゃんとやってないって評価があるんだけど、僕は畑をすごく愛しているんです。野菜たちと話をしたり、雑草とおしゃべりしたりしている。「はたけシリーズ」のアイディアはいっぱいあるんですよ。『はたけうた』ってのをかがくのともから出した。それで、シンガーソングライターの小室等さん、僕より三つ年下で大学の後輩なんですよ。あるコンサートで会って、作曲してくれないかっていったらものすごくいい歌を作ってくれた。一冊を長い歌にしてくれるのかと思ったら、一見開きごとに歌にしてくれた。短い歌がたくさんなんだけどすごくよくて、画廊でその歌を歌ってもらいながら、僕はその間等さんと話をしたり、障害者施設で作った紙に絵を描いたりしたらすごくうけちゃって。

やがてもっと大きなところでやろうと。小室さんが二時間歌って、僕は200号の絵を描くイベント。どういう訳か秋田県と沖縄県ではまだやってないんですが。100箇所以上でそういうことをやっていたら、芸能人になっちゃったんですよ(笑)。北海道ツアーとか、東北ツアー、九州ツアー、中国四国ツアーって、各地でコンサートをして酒盛りをして、家にほとんどいないもんだから、絵本のアイディアはたくさん出てくるんだけど絵にならないんだよね。それで絵本が描けなくなって(笑)。

穂積
関係者の皆さま、是非秋田でも「はたけうたコンサート」をよろしくお願いします。

征三
あれはね、2006年に高知県でやったのを最後にもうやってないんですよ。もう小室等の歌がすごくなりすぎて、僕が横で絵を描いてちゃいけない気がして。今は形を変えて、せとうちアートフェスティバルってのがあるんだけど、コンサートをやることになって。小室等が歌っているときは僕はおとなしくしていて、太田さんっていう素晴らしいバイオリニストと僕がジョイントするって形に変えたんですね。出演者が増えてギャラも増えたから、もうそうたくさんはできないですね(笑)。今朝、西巻さんと話したんだけど、やっぱり絵描きは家で絵を描かなきゃだめだよねって(笑)。

穂積
先ほど畑の話が出ましたけど、征彦さんは自給自足をされていたんですよね。

征彦
お米も全部作っていた。せいちゃんの野菜の絵本はあんまりやらなくてよかったと思う。百姓が見たらなんだこれはって。タマネギのオンタとメンタがごっちゃになっていたり、タマネギとお話はしているけど収穫はしてないんじゃないかって(笑)。ブロッコリーの花が咲いて、ブロッコリーの精と芽キャベツの精が星空の下、愛を語るというような話を講演でしているのを、僕は横で聞いてたことがあるんだけど、お客さんがみんなお百姓さんで、不思議そうな顔をしている。せいちゃんは畑の詩人かも知れないけど、そういう話は農業者にはしないほうがいいと思う(笑)。

征三
芽キャベツじゃなくてコールラビー。僕は日本で初めてコールラビーを育てたんです(笑)。知ってる人いますか?あ、一人いた。60年代の終わりからかな、茎を食べるキャベツ。他のカンラン類と混ざりやすいんですよ。どんどん変なコールラビーになって食べられなくなっちゃって。これは絵本に登場すると面白い感じなんだけど食用にはならなくて、タキイ種苗に種ありますかって電話したら「あなたはコールラビーを栽培されていたんですか?!我々は今研究中なんですが、何かご意見を下さい」って。作品の話を、西巻さんどうぞ(笑)。

西巻
話っていうのは脱線が一番面白いのよね。どうやって「戦後60年の絵本」っていう大きなくくりに戻したらいいのかな(笑)。このお二人は生活を楽しみながら、好きなように生きているのよね。私はいつも思うんだけど、ものを作る人間は好きなように生きないと。出版社に縛られ締め切りに縛られ、現代というものに押しつぶされそうになりながら仕事をしている人もいるんだけど、絵本っていうジャンルは、あんまりそういう人には向かないんじゃないかなって思うんです。

90年代を飛び越えて現在の話をしますね。私は絵本賞の審査を20年くらいやっていて、若い人の新しい作品を見る機会があるんです。2000年になる前に、日本の全体の絵本の世界の中では自由に生きる人が増えて、出版社の側でもお金だけじゃない、売れるためではなく人の心をつかまえるようないいイラストレーションを出したいって編集者が出てきたんですね。「えほんの杜」ってシリーズが出ていますよね。あそこにどんどん人が集まっている。

今活躍している荒井良二さんとか、楽しく表現する人が出てきて、豊かになったと思っています。彼らが活躍した十年があって、この五、六年は今の30代の作家が出てきて、酒井駒子さんとか、自分の世界をしっかり持った作家が出てきている。今回受賞した20代の女性とか、日常の中で見つけた好きなことを描いているんですよね。審査のときにあべ弘士さんが隣で「もうちょっと動物をよく見て描いてほしいな」って言ってたんだけど(笑)、彼女の表現者としての心が収められている。あまり無理しないで自然に、自分の心から出てきたものを表現できる世代が絵本業界に現れたんだなって感想を持っています。

私たちの世代は理屈っぽいんですよね。この兄弟はものすごく理屈っぽい人たちなんです(笑)。30代、40代のころに夜中の五時まで議論した記憶があるんだけど、そうやってなんとか絵本を論理化したいと考えていた。70歳のお婆さんになって今思うのは、やっぱり絵本は心から心へ伝わるものだと思う。作者の心から読者へ、幼い読者の純粋な心へ。だから、お百姓さんをやったりしている作家は貴重だと思う。やっぱり大事なものは心。そして、打ち込めるものがある私たちは幸せだと思うんです。読者の皆さんが私たちを支えていて、今日聞きにきている皆さんのおかげで私たちもこんな話ができて。私たちは皆さんのおかげでいられるんです。

穂積
芸術家は自由に生きることが、いい作品に繋がるということには同感です。ここにいるお二人のご兄弟もそうですね。自分らしく、好きなように生きるということは、決して楽をするということではなかったと思います。太田さんを見ていると、太田さんはあまり理屈っぽい人ではないですね。絵描きには著作権が必要だということで、40代くらいまではずっと戦っておられましたが。今ではWAVEの会議でもほとんど発言はされず、二時間くらい、じっと目をつむって人の話を聞いているんですね。意見をまとめるときに「いいんじゃないの?」って一言(笑)。太田さんの存在感、オーラのおかげで話がまとまるんですね。まだ時間があるので、三人から一言ずつ、お願いしたいと思います。

征彦
僕は染色と絵本と版画、という三つの世界にいて、やってることは型染で同じなんだけど、発信する先が違うんですね。それで、絵本の世界の人は染色の人たちを知らないし、染色の人は太田大八さんという立派な芸術家を知らない。色んな分野があって、同じ美術なのに互いの世界を知らない。僕は三つの世界を飛び回っていて、それが結構楽しいんですね。他にも色んな世界があるんだろうけど。明日は染色の世界で、祇園祭展を京都でやるので、その準備や打合せをやる。その次の日はポーランドと日本の版画の交流展をやる。あまり絵本の話ができなくてすみませんでした(笑)。

西巻
私は絵を描くという仕事で、自己表現をしながら社会と関わっていた。私たちの世代ではなかなかできなかったことなんだけど、女手一つで二人の子どもを育てて、一生活者として一通りのことをやってきました。畑まではやらないけど庭の草取りも楽しんで、週に何回かは飲みにいって、楽しく生きている生活が、今は気に入っています。捨ててきたものは多いですね。先ほど版画協会の話が出ましたけど、リトグラフで立て続けに賞を取ったりして、画商がうちに駆け込んできたりした。でも、この世界はあんまり長くないかなと思った。版画は刷っても百枚だけど、絵本は少なくても千冊、二千冊。で、版画を捨てて。そうやって色んなものを捨てて、50歳過ぎからは勉強をしようと、仏教を勉強したり、神道や古事記を勉強したり、楽しくやっています。あんまり世間には出て行かないけど、家の近辺で楽しいことがいくつかあって、その中で絵本も描ければいいかなと思っています。

征三
一応、80年代以降の絵本について僕なりに考えたこともあるんだけど、具体的に言うと飯野和好とか荒井良二とかあべ弘士とか面白い人がドドドっと出てきましたよね。片山健さんは全く違う画風で1960年代からやっていたのが、『おなかのすくさんぽ』あたりからは芸術的で、子どもたちにも受け入れられる優れた作家として活躍している。最近では長谷川義史さんとか、『ぼくがラーメンをたべてるとき』とか、すごいメッセージを持った絵本を作ったりして、すごい才能を持った人たちがどんどん出てきた。

今までやってきて、絵本という小さなカテゴリーとは関係なく、自分はこれをやるんだぞって思ったことを、やるしかないかなって思っているんですよね。去年、60代の終わりに、これだけはやるぞって思っていたことをやりとげました。廃校になった小学校を「舞台絵本」の美術館にして、たくさんの人に見せて喜んでもらえた。でも、これは絵本ではないかも知れませんね。「絵本と木の実の美術館」という名前から分かるように、僕は木の実など自然物を材料に作品を作っていて、そういうことを始めたのは1995年からなんですけど、その途中で処分場問題にかかりきりになってしまって、僕自身仕事もできなくなった時期もあるんだけど、ここにいるゆきひこ様がですね(笑)、「せいちゃん、そんなことやっても売れんし、作品も残らないしやめちょき」って。

その通りなんだけど、これからもうちょっと貧乏になることを考えながら、売れないものを作っていて、面白いからやっているんだけど、今は家中木の実だらけ、アトリエも木の実だらけで、僕の家は二階には女房から木の実を持ってこないように言われていたんだけど、もうしょうがない。皆さん想像できないでしょうけど、木の実にもし価値があるとしたら日本一の木の実長者になれるような、そんな生活です。これで作品がどれだけできるかって頭の中は燃えまくっていて。

こんなことしていたら死ぬぞって言われても止まらないんだよね。絵具は化学物質だけど、木の実っていうのは元生き物だから、人のことを引っ張るんだよね。作品を作っていて、暗くなったと思ったら夜が明けている。その間眠っていないし食べてないし、体重もどんどんなくなっていくし、それでも作るのが面白い。今パリに僕の大きな作品が行っているんだけど、向こうの企画者からこんなことは世界中誰もやってませんよって言われて。ほめ言葉なのか、あほらしくて誰もやらないのかわからないけど愉快ですよね。

80年代以降の日本は読み聞かせの全盛期で、長谷川義史くんみたいにストーリー性豊かでエンターテイメント性の高いものが受け入れられる。じゃあ俺もやってやろうじゃないかって。俺だって面白いものが作れるんだよって。今まであんまり面白くないものも作ったことがあるけど(笑)。『かまきりのカマーくんといなごのオヤツちゃん』って本がもうじき出ますけど、これは面白いです。子どもも喜ぶし、読む側が人生について考えるようなものを作りました。ぜひ読み聞かせにも使ってください。
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2010年07月23日

WAVE in にしのみや その3

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2010年5月23日に開かれた「WAVE in にしのみや」日韓絵本シンポジウムの様子です。
パネリストの一人である編集者ハム・キマンさんが韓国の雑誌『出版文化』7月号に寄稿された文章の日本語訳を元に、当日の様子を紹介いたします。


―「WAVE in にしのみや」に参加して―

ハム・キマン(編集者)


 日本の「こどもの本WAVE」の招待により「WAVE in にしのみや」というイベントに参加した。このイベントでは「こどもの本WAVE」が主催するもので、「韓国の民画と絵本原画展」を開催中の兵庫県西宮市立大谷記念美術館の後援によって、韓国と日本の絵本作家と絵本編集者が集められ、ワークショップ(2010年5月22日)とシンポジウム(5月23日)が開かれた。

 韓国からは2000年の「オリニの世界から―韓国絵本原画展」と、今回の「韓国の民画と絵本原画展」双方の出品絵本作家であるイ・オクベ先生、クォン・ユンドク先生と、絵本編集者として長年日韓交流の実務を推進してきたパク・ウンドク編集長と、筆者がパネリストとして参席した。日本からは絵本作家の和歌山静子先生、浜田桂子先生と、絵本編集者の池田陽一編集長、絵本研究家・翻訳者の大竹聖美さんがパネリストとして参加した。

 大谷記念美術館では「韓国の民画と絵本の出会い」というテーマで「韓国の民画と絵本原画展」が4月3日から5月23日まで盛況のうちに開催されていた。これは過去100年に描かれた、韓国固有のユーモアにあふれた民画と、変化する現在の日常的視覚芸術文化を共に見ることができるよう企画された展覧会だが、2000年に東京の国際こども図書館開館記念「オリニの世界から―韓国絵本原画展」からちょうど10年の節目に開催されたものであり、今回の展示ではさらに韓国絵本の第二の跳躍を紹介して好評を博し、さらに今後の10年間を期待させてくれる物だった。美術館は豪商・大谷氏の邸宅を改築したものだが、大規模に設計された内部はもちろんのこと、池や花々がよく調和した日本式庭園が素晴らしく、美術鑑賞とワークショップ、シンポジウム、茶道、休息ができるよい空間だった。

 「WAVE in にしのみや」では、パネリストと一般参加者が息を合わせ、長年の知己に出会ったように一体となり、楽しくやりがいのある時間を過ごすことができた。ワークショップでは日韓の作家が共同で民画と絵本を元にした創作指導をおこない、老若男女の区別なく楽しむことができた。シンポジウムでは「こどもの本WAVE」代表の挨拶に続いて、日韓の絵本作家と編集者が「韓国の絵本、日本の絵本」という大きなテーマの下に自由に発言し、これを土台として討論と質疑応答をしたが、聴衆の真摯な姿とレベルの高い質問に感動を覚えた。日韓併合100年の年を迎え、謝罪と反省の雰囲気が高まり、在日同胞と朝鮮学校の生徒達も参加し、感動的な出会いの場となった。イベントが終わり参加作家たちのサイン会が開かれたが、聴衆が長い列に並んで順番を待ち、楽しそうに作家たちと言葉を交わす姿が印象的だった。

 6月には秋田県横手市で「WAVE in よこて」が開かれ、11月には太田大八先生の故郷である長崎でもWAVEの大きなイベントがあるという。今後も日韓両国の出版文化交流が活発におこなわれることを期待し、文を締めくくる。

以下に、パネリストによる発言の要約を紹介する。

*ハム・キマン(韓国絵本編集者、本稿筆者)
 現代韓国絵本のはじまりは、大韓帝国時代の日本留学によって刺激を受けたチェ・ナムソンの「少年」と、パン・ジョンファンの「オリニ」「愛の贈り物」がきっかけであり、これらの幼い読者がその後、韓国児童文学を代表する作家たちとなっていった。その後、独立と朝鮮戦争を経てゆっくりと成長してきたが、著作権法が整備された80年代後半に入ってようやく、絵本に対する正しい理解が生まれた。この頃日本のACCU(ユネスコアジア太平洋文化センター)を通じた絵本作家と編集者の研修が実を結び、韓国人作家による野間コンクールおよびBIB受賞をはじめ、若い作家たちによる素晴らしい作品が次々と海外で受賞するようになった。また、2000年に東京で「オリニの世界から―韓国絵本原画展」が開かれ、日本進出への道が開かれた。一方で、正式な著作権契約を結んで日本の絵本を輸入してきたハンリム出版社と福音館書店は1989年に、大韓出版文化会館で絵本の展示と「絵本とは何か」というテーマでシンポジウムを開き、大きな反響を引き起こし、反日感情の高い壁を粘り強い努力で克服してきた。
 2000年と2010年に、わが国の絵本の原画展を日本で開いたことが両国の絵本をめぐる交流のきっかけとなったのであれば、我々も日本のよい絵本と原画を鑑賞することができる機会を作り、我々の絵本のレベルを引き上げるきっかけとしなければならない。日本には絵本のノーベル賞とも言うことができる「国際アンデルセン賞」の受賞作家が数名おり、絵本作家による個人美術館もいくつかある一方で、わが国にはそれらが一つもなく、よい絵本の土壌を作るために最善を尽くさなければならないと思う。私たちもWAVEの運動に学ぶべきではないかと考えている。

*和歌山静子(絵本作家、こどもの本WAVE前代表)
 1989年に韓国で初めて見た絵本は、いわむらかずおさんの作品の海賊版でした。それから10年後、2000年の「オリニの世界から―韓国絵本原画展」を見て、驚くべき発展に敬意を表しました。それからさらに10年、今回の展覧会で紹介された絵本に魅了され、今後の10年にも大きく期待しています。植民地戦争と太平洋戦争の加害者である日本と被害者である韓国との絵本をめぐる交流は、人間と社会、国家の壁を打ちこわすものとして、ホットで新鮮な話題を生み続けるでしょう。私自身も、韓国、中国、日本の子どもたちがよい絵本を共に見ることができるように、「アジア絵本ライブラリー」の活動を活性化させていきたいと考えています。

*イ・オクベ(絵本作家)
 2000年台に入ってから韓国の絵本が日本へ本格的に紹介され、原画展もまたレベルの高い美術館でいくつか開かれています。日本では韓国の絵本に対する関心がとても高く、読者たちの真剣さと高い好奇心を、今回の日本訪問でも感じることができました。これこそが「絵本大国」日本がもつ底力だと感じています。韓国の美術館では絵本の原画展がほとんど開かれていない現状ではありますが、今後は韓国の絵本はもちろん、日本や他の国の絵本原画展が韓国の美術館で開かれることを期待しています。
 私の人生には二つの大きな事件がありました。一つは30年前の光州事件で、その事件の加害者はいまだに犠牲者たちに謝罪をしていません。もう一つは私自身が父親となったことでした。これらの経験を踏まえて、私は子どもたちのための絵本作りに関わるようになったのです。一冊の絵本が生み出す感動の波が、国と国の壁を越えて行く。そのような仕事につけたことを誇りに感じています。私は「平和絵本シリーズ」として祖国の分断を描いた『DMZ―非武装地帯』を完成させました。これは日本でも出版される予定です。

*浜田桂子(絵本作家)
 日韓併合100周年を迎え、いまだに植民統治に対する真摯な謝罪がないことは惜しまれますが、このような環境下でも絵本の交流を通じて共に考え共に悩みながら、国の間にある壁を壊そうという趣旨で2006年に、今回参加されたイ・オクベさん、クォン・ユンドクさん、和歌山静子さんをはじめ、高い意識を持つ日中韓の作家たちに、「平和絵本シリーズ」の制作を呼びかけました。数多くの打合せを経て完成した絵本は、今後韓国、日本、中国でそれぞれ出版される予定です。ご期待ください。

*クォン・ユンドク(絵本作家)
 1995年に描いた最初の絵本『マンヒの家』に出てくるマンヒは私の息子で、息子が5歳のときの話ですが、彼はもう大学2年生になりました。今の「マンヒの家」には、マンヒとお父さん、そして猫と私が一緒にすんでいます。マンヒとお父さんはいつも夜遅く家に帰ってくるので私は一日中猫とお話しています。猫を見ていると猫の中に私の姿が見えてきて、「ああ、人間は猫のような動物から進化したんだなあ!」と感心します。
 初期の私の絵本は家の中を描いたものでしたが、今回出品した『仕事と道具』は、町の暮らしを描いた絵本です。そして、今年私が完成させた「平和絵本シリーズ」の『花ばあさん(コッハルモニ)』は、日本軍による「従軍慰安婦」を扱った、社会的な絵本です。私は成長して、ようやく家の外へ出てきたのだと言えます。これからももっと、社会的な絵本を作りたいと思っています。絵本は出版されると私の手を離れて生命が宿り、世の中を旅して読者と出会うものだと考えています。私の絵本が日本の皆さんに出会えたことを感謝しています。

*池田陽一(絵本編集者)
 創立55周年となる童心社では、絵本と共に現代の出版文化とは相容れない「紙芝居」を30年余り作り続け、粘り強く普及させてきました。今日の出版界では、発展しつつある電子出版によって、紙の本の出版流通が少なくなっていく一方で、電子出版物を出版社ではなく流通会社が直接配信することにより、出版社も編集者も必要なくなるのではないかと危惧されています。絵本も必ず影響を受けるでしょう。そんな時代にこそ、私たちは原点に立ち返り、よい物を作らなければなりません。絵本や紙芝居が、電子出版には担うことのできない「親と子、人と人をつなげるコミュニケーションのツール」として受け継がれていくことを期待しています。

*パク・ウンドク(絵本編集者)
 近年の韓国では、数年前に比べよい絵本が出てこないと言われています。その理由は、出版社が「よい本」よりも新しくて面白い「よく売れる本」を選び、作家が時間をかけてよい作品を作ることを度外視する傾向があるためであり、さらにはインターネット書店の普及による、無限の価格競争に打ち勝つための本作りに熱中しているためです。一編集者として、そのような状況の中でもよい絵本作りに挑戦し続けていくことが使命であると考えています。

*大竹聖美(絵本研究家、翻訳家)
 韓国の絵本が日本へ大きく進出するようになったきっかけは、ハムさんも言われたように2000年に開かれた「オリニの世界から―韓国絵本原画展」であったと言えます。そして、2002年ワールドカップ共同開催と、日韓交流推進の友好的な雰囲気の中で、2002年の平凡社による韓国絵本シリーズ、2004年のアートンによる「韓国絵本10冊」などの企画をはじめ、現在は年間におよそ10冊ずつ翻訳出版されています。個人的には民画の雰囲気を生かした韓国的な絵本が多く出版されることを願っていますが、近年は無国籍的な、普遍的な絵本が多く出版されています。これも文化であり、一つの進歩であるといえるのかも知れません。
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WAVE in にしのみや その2

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民画作家、姜孝薇さんによる「文字図を描こう」ワークショップの様子です。
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WAVE in にしのみや その1

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5月22〜23日におこなわれた、「WAVE in にしのみや」の様子です。
こちらは22日の絵本作家・和歌山静子さんの「紙コップで王さまを作ろう」ワークショップの様子です。
手前に写っていらっしゃるのは、韓国からいらっしゃっている、翌日のシンポジウムのパネリスト4人です。
左から、絵本作家のクォン・ユンドクさん、編集者のパク・ウンドクさん、絵本作家のイ・オクベさん、編集者のハム・キマンさんです。
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